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バックパッカー

バックパッカー

バックパッカー, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=17231 / CC BY SA 3.0

#旅行
#サブカルチャー
バックパッカー

バックパッカー()とは、低予算で国外を個人旅行する旅行者のこと。バックパック(リュックサック)を背負って移動する者が多いことから、この名が付けられた。日本語では「パッカー」「バッパー」と略すこともある。こうした旅行(バックパッキング、)はまた、自由旅行や低予算旅行()とも呼ばれる。

一般的な旅行者との違いとして、世間的な休暇よりも長い期間に亘ること、バックパックを使うこと、移動に公共交通機関を利用すること、高級なホテルではなく、ユースホステルや安宿を利用すること、観光地を見るだけでなく、地元の住人と出会うことにも興味があることなどが挙げられる。

様々な文化や地域からの旅行者が加わり、これからも加わり続けるであろうため、バックパッカーの定義を厳密に定めるのは難しい。最近の調査によると、「バックパッカーたちは自身の旅行経験に結び付いた行動原理や意義の多様性を反映して、不均質なグループを形成した。バックパッカーたちは、制度化されていない旅行の形式への共通の傾倒を見せ、それがバックパッカーとしての中心的な自己定義となっている」。
1960年代から欧米で流行しはじめ、航空券の低価格化とともに、世界の若者の旅装の代表となった。2000年代にはライフスタイルとしての、またビジネスとしてのバックパッキングが大きな成長を見せた。格安航空会社はもとより、世界の各所にあるユースホステル・ゲストハウス・ドミトリーなどの安宿、インターネット上のブログ・電子掲示板・SNSなど、デジタルなコミュニケーション手段や情報資源により、バックパッカーが長期の旅行を計画し、実行し、継続することは以前よりも容易になっている。ただ節約するのではなく、ホテル泊まりで賓客として扱われるパックツアーでは見ることのできない市井の人々の生の暮らしに触れるのも、また大きな目的である。

バックパッカーの正確な起源は不明であるが、少なくとも部分的には、1960年代から1970年代にかけてのヒッピー・トレイル(ヒッピーの行跡)にそのルーツを辿ることができる。ヒッピー旅行者たちはかつてのシルクロードであった地域を順番に辿っていった。実際に、今日でもバックパッカーたちの一部はそうした旅を、(今日の環境保護運動の人気にも乗じて)より楽な方法によってではあるが再現しようと試みている。さらに歴史を遡れば、17世紀末に公共交通機関を用いて世界を一周したイタリアの冒険者ジョバンニ・フランチェスコ・ジェメリ・カレリが世界最初のバックパッカーの1人として挙げられることがある。
かつてのヒッピー・トレイルを辿る旅は、1980年代以降のアフガニスタン・イラク・イランの政情不安のため困難なものになっているが、バックパッカーたちは世界のほとんどの地域に広がっていった。近年では、格安航空会社や航空便の増加がさらなる増大に貢献している。現在では、北アフリカのモロッコやチュニジアやその他の格安航空会社で到達できる地域が新しい「ヒッピー・トレイル」として形成されつつある。ワンワールドやスターアライアンスやスカイチームの世界一周航空券を利用するなどして、バックパッカー・スタイルにて世界一周をする者も多い。

科学技術の変化と進歩もバックパッキングを変化させている。伝統的なバックパッカーたちは、ノートパソコンやデジタルカメラや携帯情報端末といった高価な情報機器は盗難や破損の恐れがあり荷物も重くなるとして持ち歩かなかった。しかしながら、軽量な電子機器との接触を保っていたいという欲望は後述のフラッシュパッキングと呼ばれる傾向を生じさせ、その形態は進化を続けている。運ぶものの変化と同時に、バックパッカーは当初ほどには実際のバックパックに頼らないようになってきているが、それでも依然としてバックパックはバックパッカーの基礎的な荷物と考えられている。

経済発展と渡航自由化をうけ大韓民国では2000年代よりバックパッカースタイルの旅がブームとなった。その背景には同時期の日本文化開放によりパク・チョンアを起用した『進め!電波少年』系のヒッチハイク企画「雷波少年#雷波少年ファイナル企画ラストソング」が放送されたことが影響した。なお韓国語ではバックパックを「ペナン(背嚢)」と呼ぶことから「ペナンヨヘン(背嚢旅行)」と称される()。同様に中華圏でも個人自由渡航が可能な香港や台湾では「」の呼称でバックパッカースタイルが、富裕層による爆買い旅行の対極的位置づけの社会現象として捉えられている。

フラッシュパッキング(flashpacking)…

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